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津地方裁判所松阪支部 昭和39年(ワ)33号 判決

原告 高嶋繊維株式会社

被告 松阪縮織株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金二五〇万円並びにこれに対する昭和三九年六月二〇日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、原告会社はもと商号を白洋手袋株式会社と称したが昭和三九年四月二日これを高嶋繊維株式会社と変更した。

二、ところで被告は昭和三八年九月二日、訴外株式会社大富に対し、金額一二五万円、満期昭和三九年一月一五日、支払地、振出地とも三重県松阪市、支払場所株式会社百五銀行松阪支店、受取人白地なる約束手形二通を振出し、右訴外会社はこれらを原告会社に裏書譲渡した。なお受取人をことさら白地にしたのは、当時訴外会社は信用に乏しく銀行で手形の割引を受けることはできなかつたので他の適当な者に譲渡し、その者によつて金融を得るためである。

三、原告会社は右各手形につき、補充権に基いて受取人欄をそれぞれ商号変更前の原告会社(白洋手袋株式会社)と補充し、そのうち一通は訴外株式会社香川相互銀行へ、他の一通を訴外株式会社中国銀行へ裏書譲渡し、前者はこれを昭和三九年一月一六日、後者は同年一月一八日支払場所に呈示したが手形金の支払いがなされなかつたため原告会社に返還し、原告会社は現に右各手形の所持人である。

四、よつて原告は本件各手形の振出人である被告に対し、手形金合計二五〇万円とこれに対する本訴状が被告に送達された翌日である昭和三九年六月二〇日以降右完済に至るまで年六分の割合による手形法所定の利息の支払いを求める。

と陳述し、被告において抗弁として主張する事実のうち、被告会社が本件各約束手形を訴外大富に対する融通手形として振出したことは認めるも、本件手形の振出に際し被告会社と訴外大富間にその主張するような特約及び経緯があつたかどうかは知らないし、また原告会社が本件各手形を取得する際被告主張のような事情の存在を知つていたとの点は否認すると述べた。立証〈省略〉

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告の主張事実をすべて認め、抗弁として、本件各約束手形は、被告会社が訴外大富より依頼を受け同会社に金融を得しめるためいわゆる融通手形として振出したものである。そして本件手形を振出す際、被告会社と同訴外会社間において、同訴外会社は本件各手形と引換に見返りとして被告会社に対し、金額はいずれも一二五万円、満期は昭和三九年一月一三日とする約束手形二通を振出すこと、万一訴外会社振出の右手形が満期に手形金の支払いがされないときは、被告会社としてもその振出にかかる本件各手形に対し手形金支払いの義務を負わないこと、という特約があつた。ところが訴外大富は右約定に反し、被告会社に対し見返手形を一通しか交付せず、しかもこれは満期に手形金の支払いがなされなかつたものである。従つて被告会社としても右特約に基き本件各手形に対する債務を免れることとなつた次第である。そして原告会社(商号変更前も同じ)の代表取締役である高嶋数一は本件手形振出当時、訴外大富の取締役として同会社の資金関係の業務を担当しておつて右訴外会社の資金状態並びに前記の各事情を承知しながら本件各手形を取得したものである。すなわち原告会社は本件各手形につき手形債務者たる被告を害することを知つてこれを取得したものといわざるを得ない。故に被告会社としては右のような事実の存在をもつて手形所持人たる原告に対抗することができるものであり、本件各手形金支払いの義務を負うものではないと述べた。立証〈省略〉

理由

一、原告会社はもと商号を白洋手袋株式会社と称したが、昭和三九年四月二日これを高嶋繊維株式会社と変更したこと、被告が昭和三八年九月二日訴外株式会社大富に対し原告主張のような内容の約束手形二通を振出し、その主張のような経緯によつて原告会社が現にこれを所持していること、については当事者間に争いがない。

二、被告は本件各手形は訴外大富に対し資金を融通するためいわゆる融通手形として振出したものであつて、その際同訴外会社との間に被告主張のような特約を結び、訴外会社はこれに基く義務を履行しなかつたので、被告会社としてもその特約により本件手形債務を免れるに至つた、そして原告会社は右の事情を知りながら本件各手形を取得したものであるから、被告会社としては右の事実をもつて原告会社に対抗し得るものである旨主張する。まず本件各手形は被告会社において訴外大富に対し資金を融通するためいわゆる融通手形として振出したものであることは当事者間に争いがない。そして証人藤本清、同足立高吉の各証言、原告代表者高嶋数一(一部)、被告代表者山村太一各本人尋問の各結果を総合すると

(一)、訴外大富は昭和三八年八月頃営業状態が悪化し倒産寸前の事態に陥つたため、かねて原料の取引関係があつた被告会社から資金の融通を受けようとした

(二)、そこで同年八月下旬頃、訴外会社の代表取締役であつた藤本清と同じく専務取締役である足立高吉の両名が被告会社の代表取締役である山村太一に対し融通手形の振出を懇請し、その結果被告会社において約束手形を振出すと引換にその見返りとして訴外会社からも金額は同額、満期は被告会社の振出すそれよりも数日前とする手形を交付すること、訴外会社から交付した手形が満期に不渡りとなつた場合には被告会社としてもその振出した手形について債務を免れることの特約の下に融通手形を振出すこととなつた

(三)、当時原告会社(商号変更前の白洋手袋株式会社)の代表取締役である高嶋数一は同時に訴外大富の取締役会長の地位にあり、主として同会社における資金関係の業務を担当し、被告会社に融通手形の振出を依頼すること並びにその際の特約等については藤本、足立両名から相談を受けていた

(四)、右話合いの結果に従い、被告会社は訴外大富に本件各約束手形を振出したが、訴外会社はこれに反し自己の子会社振出(引受人不詳)の金額一二五万円の為替手形一通を被告会社に交付したのみで、しかもこの為替手形は不渡りとなつた

(五)、一方訴外大富は本件各手形の振出を受けるや、受取人欄を白地のまま原告会社に譲渡し、原告会社はそのうちの一通を香川相互銀行に、他の一通を中国銀行へ割引依頼をなし、その金員は挙げて訴外大富の資金に廻した

右の各事実を認めることができ、原告代表者高嶋数一本人尋問の結果中、これに反する部分は信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。以上認定の事実特に高嶋数一の原告会社と訴外大富における地位と本件手形の流通、資金の融通関係に徴すれば、原告会社は被告会社と訴外大富間の特約の存在及びその内容を知つて本件各手形を取得したものと認めざるを得ない。

三、もつとも本件の場合手形法第一七条但書にいう「債務者ヲ害スルコトヲ知リテ手形ヲ取得シタ」といい得るには、原告会社が本件各手形を取得した際、単に前記のように被告会社と訴外大富間の前記特約を知つていたというだけでは足りないのであつて、その当時すくなくとも訴外大富の義務不履行等の理由により将来被告会社が右特約の趣旨によつて手形債務を免れ得るという結果の発生を十分予知していたことをも必要とするものと解する。

そこで原告会社がこの点まで予知していたかどうかを検討する。昭和三八年八月下旬頃、訴外大富は営業状態が悪化し倒産寸前の事態に陥つていたこと、同訴外会社は被告会社から本件各手形の振出を受けながら特約による義務を完全に履行することができず、僅かに子会社振出の為替手形一通を交付したに止り、しかもこの為替手形も結局不渡となつたこと、当時訴外会社の取締役で資金関係の業務を担当していた高嶋数一が同時に原告会社の代表取締役であつたこと、についてはいずれもすでに認定したとおりである。そしてこれらの事実と当事者間に争いのない当時訴外大富は信用に乏しく銀行で手形割引を受けることはできなかつたので、本件手形も受取人はことさら白地とし、他の適当な者に譲渡して割引を受けることとした事実とを併せ考えると、原告会社が訴外大富から本件各手形の譲渡を受けてこれを取得した際、その代表取締役である高嶋数一としては同時に訴外会社の取締役としての立場において、同訴外会社としてはその資金状況等から到底被告会社との特約に基く義務を履行し得ないこと、従つて被告会社は特約により本件手形債務を免れる結果を招来するであろうことを十分予知していたものと推認するのが相当である。とすれば当然原告会社は右の事情を予知していたとしなければならず、結局債務者を害することを知つて手形を取得した場合に該当し、手形債務者たる被告会社としては前記抗弁事実をもつてその所持人たる原告会社に対抗することができるものである。なおこの点に関し原告は、最高裁判所第三小法廷昭和三四年七月一四日判決を引用して被告の主張が失当であるというが、右判決の趣旨は融通手形を振出した場合、被融通者以外の者が手形所持人として振出人に請求したときは、たとえそれが悪意で取得したものであつても、融通手形であるというだけの理由をもつて手形金の支払いを拒むことができないとするものであり、さらにすすんで手形振出人に手形上の責任を負わせない等の合意があり、所持人がこのような合意の存在を知つて手形を取得した場合にはかえつて振出人はこれに対抗し得る旨判示しているように解されるのであるから、本件の右結論に符合することはあつても、被告の抗弁事実を挙げて失当とする根拠とはなり得ない。

四、以上の次第であつて結局被告の抗弁は理由があり、原告に対しても本件各手形金の支払義務を免れ得るものであるから、これに反する前提に基づいて手形金の支払いを求める原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤暁)

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